虫を殺した。
俺が道を歩いていると、小さな虫が顔の前を飛んでいた。肉眼ではどのような姿をしているのかわからないほど、小さな虫だ。俺は虫を手で払った。が、虫は俺の目の前を飛び続けた。そこで、俺はだいたいの見当を付け、目の前の虚空を掴んだ。
握った手を開くと、中指と薬指の間に、小さな虫が一匹、潰されていた。中指には少々黒っぽい筋がついていた。
俺は虫を捨てようと、手を振った。が、虫は落ちなかった。二度三度と振ったが、虫は俺の指に張り付き続けた。それが何とも虫の執念を見たような気がして、少しゾッとした。
俺はティッシュペーパーを取り出し、指を拭った。ティッシュペーパーは、近くの屑籠に放り込んだ。
虫が見えるようになった。
俺の目の前を、虫が飛ぶのだ。手を伸ばすが、触れない。羽音もしない。もちろん、幻覚だ。
このような幻覚を見るようになったのは、あの日から後のことだ。あの日とは、虫を握りつぶした日である。ただ、疑問に思うのは、俺はあのことを気に病んでいるわけではない。というか、まったく気にしていなかった。あんなことは、日常茶飯事である。虫を殺したのも、あれが初めてじゃない。それを気にかける要素はまったくなかった。
にも関わらず、虫が飛ぶ幻覚が、俺には見える。そのことが、自分自身驚きだったし、不思議でもあった。
幻覚は、いつでも見えるわけではない。ふと気の緩んだとき、それは襲ってくる。目の前がちらちらする、と思えば、どうやらそれが虫らしい。小さい虫なので、それこそ無視して気にしなければどうということもないのだが、こう入ったものは得てして気になるものだ。やはり虫の執念だろうか。俺にはそう考えざるを得ない。
虫に変化があった。
音が、聞こえるのだ。あの、ブウウウンという、我々人間にとっては奇妙な、そして大いなる嫌悪感を引き起こす、あの羽音である。俺も多分に漏れず、あの羽音が大嫌いだ。おかげで、ここ数日は半分ノイローゼ状態に陥っている。こうなると、本当に虫の呪いか何かのように思えてくる。悪い状況だ。
幻覚から音が聞こえるのは、きっとかなり症状が進んでいる証拠に違いない。明日にでも、医者に診て貰おうかと考えている。いや、それよりも、お祓いをして貰ったほうがいいのだろうか……。
また、虫に変化があった。
虫が、わかるのだ。どんないやらしい色をしているか、どんな醜い顔をしているか、どのようにおぞましく動いているか、が。
これはつまり、虫の幻覚が大きくなったことを意味する。今までの幻覚はとても小さく、かろうじてその幻覚が虫である、とわかる程度であったのだ。
ところが、今見ている眼前の映像は、どうだろう。俺の目玉ほどの大きさの奴が、俺の鼻先で八の字を描き、不気味な羽音を鳴らしながら悠々と飛び回っているのだ。
しかも、それは一匹じゃない。幻覚は、いつの間にか三匹に増えていた。これもまた、あの虫の執念に違いない。いや、それとも俺の頭が末期症状に入ったのか。
ああ、なぜ俺は、あの時あの小さな虫を放っておけなかったのか。俺は今、本当に後悔していた。小さい頃から、そうだった。ああいった小さい虫を見ると、どうも嫌悪感や気味悪さが先にたつ。あれはいったい、なぜなのだろうか。
これは、何なのだ? 俺は思った。なぜ俺は、虫を気味悪く思ったり、嫌悪感を抱いたりするのだろう。いや、これは俺だけではない。人間という種全体を通して言えることではないだろうか。現実問題として、虫をまったく触ることができない、という人はたくさんいる。我々の根底に流れる、この嫌悪感の正体。それはいったい、何なのか。
俺は一人、考え続けた。その目の前を、五、六匹の虫の群れが、ブンブンと飛び交っていた。奴等はまた一回り、大きく成長していた。
