ぽたん。
額に何か冷たいものが落ちてくる。
見上げてみると、そこにはいつもと同じ古びた天井。そこに見慣れぬシミのようなものが一つ、できている。
ぽたん。
僕の上にまた一滴、冷たい液体が落ちてくる。拳で拭って確かめてみる。
これはいったい何なんだろう。当然の疑問が頭に浮かぶ。
ぽたん。
また一滴、落ちてくる。
上に住んでいるのはどんな人だったろう。思いを巡らせてみる。男性? 女性? 若者? お年寄り? 一人住まい? 大家族? ……まったく思い出せない。
ぽたん。
いや。そんなことより、上で何かあったのだろうか。天井にシミができるほど、上の部屋は何かの液体で溢れているのだ。
いったい何があったのだろう。
ぽたん。
液体を拭った手を見る。ちょっと黄色みがかった赤色に汚れている。
こんな色の液体、何かあっただろうか。様々なものを思い描いてみるが、これだというものには思い当たらない。
ふと、気がついた。そうだ。人一人がどろどろに溶けてしまって、血や体液が混じり合ったらちょうどこんな色になるかもしれない。
ぽたん。
上で何が起こっているのだろう。覗いてみたい。確かめてみたい。そんな衝動が湧き起こる。
だが確かめたが最後、今の平穏な生活は二度と戻ってこない。そんな禍々しい匂いが、天井からはしている。言葉では説明できない、予感めいたもの。
そういえばこのマンションに入る前に、聞いたことがある。
あのマンション、住人を食べちゃうのよ。
……そんな噂が、年輩のおばさんたちの間で流れているって。
どこにでもある怪談話。どこにでもある都市伝説。そう漠然と思っていた。
ただそれだけのはず。そんなものを信じちゃいない。
けれどもこれは何なんだろう。だったらこれは、何なんだろう。
調べてみれば、わかるだろうさ。わずかに残った好奇心。それがノブに手を掛けさせる。
いやだ。いやだ、いやだいやだいやだ。
僕は自分の意志でここに閉じこもったのだ。何も考えなくていいように、僕はこの部屋に閉じこもったのだ。
トラブルはごめんだ。闇に引きずり込まれるのはごめんだ。触れたくない。何も考えたくない。何も刺激を受け入れたくない。何も僕に、干渉するな。
そして僕は部屋の隅で膝を抱えた。
今日も液体は落ちてくる。次は僕の、番かもしれない。
ぽたん。
2005年08月27日
2005年08月25日
第九夜
海に行かないか、と恋人が誘うので、車に乗って隣県の海水浴場まで行きました。
そこは地元では有名な場所でして、わたしたち以外にも多くのカップルや家族連れが詰めかけていました。かといって混雑しているわけでもなく、いいときに来たね、と二人で頷き合いました。
わたしは早速水着姿になりました。自分で言うのも何ですが、わたしは胸もそこそこに豊かで、スタイルにはちょっぴり自信があります。ですから水着姿になることにはさほど抵抗はなく、むしろ欲求不満を解消するチャンスとばかりに、大胆になってみたりするのです。
しばらくは浜に近いところで、二人で戯れていました。そうしているうち、もう少し沖に出てみようと彼が言うので、わたしも従って沖へと泳ぎ出しました。
二、三分ほど泳いだ頃でしょうか。沖の方から少しずつ、雲行きが怪しくなってきたのです。私がそれを告げると、彼も気付いたようです。
いつの間にか辺りに人気はなく、広がる海上にわたしたちだけが浮かんでいます。気味が悪くなって、早く浜に戻ろうと彼を急かしました。
そのときです。私は波間に信じられないものを見たのです。
波のうねりの中からゆらゆらと、何かが揺れ動いているのが見えました。
それは、人間の手でした。五本指の、青白い手が海面に揺れていました。
手は一つではありませんでした。いくつもの手が海上に突き出し、沖へと招くように蠢いていたのです。
わたしたちは、必死で浜へ向かって泳ぎました。それなのになぜか、浜辺は一向に近づく気配がありません。まるで手の群れに吸い寄せられるような、そんな感触が水を伝って身体に滲んでくるようでした。
それでもわたしは諦めず、必死で腕と脚を動かしました。いつか彼の姿を見なくなりましたが、気にしている余裕はありませんでした。
ようやくのことで、浜辺へとたどり着いたわたしは、恐る恐る振り返ってみました。
不気味な手の大群は、いつの間にか消え失せていました。そして遠くで空が光るのを見ました。一瞬の後、雷鳴が響きわたりました。
翌日、恋人は溺死体で発見されました。あれ以来、わたしは一度も海へは行っていません。
そこは地元では有名な場所でして、わたしたち以外にも多くのカップルや家族連れが詰めかけていました。かといって混雑しているわけでもなく、いいときに来たね、と二人で頷き合いました。
わたしは早速水着姿になりました。自分で言うのも何ですが、わたしは胸もそこそこに豊かで、スタイルにはちょっぴり自信があります。ですから水着姿になることにはさほど抵抗はなく、むしろ欲求不満を解消するチャンスとばかりに、大胆になってみたりするのです。
しばらくは浜に近いところで、二人で戯れていました。そうしているうち、もう少し沖に出てみようと彼が言うので、わたしも従って沖へと泳ぎ出しました。
二、三分ほど泳いだ頃でしょうか。沖の方から少しずつ、雲行きが怪しくなってきたのです。私がそれを告げると、彼も気付いたようです。
いつの間にか辺りに人気はなく、広がる海上にわたしたちだけが浮かんでいます。気味が悪くなって、早く浜に戻ろうと彼を急かしました。
そのときです。私は波間に信じられないものを見たのです。
波のうねりの中からゆらゆらと、何かが揺れ動いているのが見えました。
それは、人間の手でした。五本指の、青白い手が海面に揺れていました。
手は一つではありませんでした。いくつもの手が海上に突き出し、沖へと招くように蠢いていたのです。
わたしたちは、必死で浜へ向かって泳ぎました。それなのになぜか、浜辺は一向に近づく気配がありません。まるで手の群れに吸い寄せられるような、そんな感触が水を伝って身体に滲んでくるようでした。
それでもわたしは諦めず、必死で腕と脚を動かしました。いつか彼の姿を見なくなりましたが、気にしている余裕はありませんでした。
ようやくのことで、浜辺へとたどり着いたわたしは、恐る恐る振り返ってみました。
不気味な手の大群は、いつの間にか消え失せていました。そして遠くで空が光るのを見ました。一瞬の後、雷鳴が響きわたりました。
翌日、恋人は溺死体で発見されました。あれ以来、わたしは一度も海へは行っていません。
2005年08月15日
虫
虫を殺した。
俺が道を歩いていると、小さな虫が顔の前を飛んでいた。肉眼ではどのような姿をしているのかわからないほど、小さな虫だ。俺は虫を手で払った。が、虫は俺の目の前を飛び続けた。そこで、俺はだいたいの見当を付け、目の前の虚空を掴んだ。
握った手を開くと、中指と薬指の間に、小さな虫が一匹、潰されていた。中指には少々黒っぽい筋がついていた。
俺は虫を捨てようと、手を振った。が、虫は落ちなかった。二度三度と振ったが、虫は俺の指に張り付き続けた。それが何とも虫の執念を見たような気がして、少しゾッとした。
俺はティッシュペーパーを取り出し、指を拭った。ティッシュペーパーは、近くの屑籠に放り込んだ。
虫が見えるようになった。
俺の目の前を、虫が飛ぶのだ。手を伸ばすが、触れない。羽音もしない。もちろん、幻覚だ。
このような幻覚を見るようになったのは、あの日から後のことだ。あの日とは、虫を握りつぶした日である。ただ、疑問に思うのは、俺はあのことを気に病んでいるわけではない。というか、まったく気にしていなかった。あんなことは、日常茶飯事である。虫を殺したのも、あれが初めてじゃない。それを気にかける要素はまったくなかった。
にも関わらず、虫が飛ぶ幻覚が、俺には見える。そのことが、自分自身驚きだったし、不思議でもあった。
幻覚は、いつでも見えるわけではない。ふと気の緩んだとき、それは襲ってくる。目の前がちらちらする、と思えば、どうやらそれが虫らしい。小さい虫なので、それこそ無視して気にしなければどうということもないのだが、こう入ったものは得てして気になるものだ。やはり虫の執念だろうか。俺にはそう考えざるを得ない。
虫に変化があった。
音が、聞こえるのだ。あの、ブウウウンという、我々人間にとっては奇妙な、そして大いなる嫌悪感を引き起こす、あの羽音である。俺も多分に漏れず、あの羽音が大嫌いだ。おかげで、ここ数日は半分ノイローゼ状態に陥っている。こうなると、本当に虫の呪いか何かのように思えてくる。悪い状況だ。
幻覚から音が聞こえるのは、きっとかなり症状が進んでいる証拠に違いない。明日にでも、医者に診て貰おうかと考えている。いや、それよりも、お祓いをして貰ったほうがいいのだろうか……。
また、虫に変化があった。
虫が、わかるのだ。どんないやらしい色をしているか、どんな醜い顔をしているか、どのようにおぞましく動いているか、が。
これはつまり、虫の幻覚が大きくなったことを意味する。今までの幻覚はとても小さく、かろうじてその幻覚が虫である、とわかる程度であったのだ。
ところが、今見ている眼前の映像は、どうだろう。俺の目玉ほどの大きさの奴が、俺の鼻先で八の字を描き、不気味な羽音を鳴らしながら悠々と飛び回っているのだ。
しかも、それは一匹じゃない。幻覚は、いつの間にか三匹に増えていた。これもまた、あの虫の執念に違いない。いや、それとも俺の頭が末期症状に入ったのか。
ああ、なぜ俺は、あの時あの小さな虫を放っておけなかったのか。俺は今、本当に後悔していた。小さい頃から、そうだった。ああいった小さい虫を見ると、どうも嫌悪感や気味悪さが先にたつ。あれはいったい、なぜなのだろうか。
これは、何なのだ? 俺は思った。なぜ俺は、虫を気味悪く思ったり、嫌悪感を抱いたりするのだろう。いや、これは俺だけではない。人間という種全体を通して言えることではないだろうか。現実問題として、虫をまったく触ることができない、という人はたくさんいる。我々の根底に流れる、この嫌悪感の正体。それはいったい、何なのか。
俺は一人、考え続けた。その目の前を、五、六匹の虫の群れが、ブンブンと飛び交っていた。奴等はまた一回り、大きく成長していた。
俺が道を歩いていると、小さな虫が顔の前を飛んでいた。肉眼ではどのような姿をしているのかわからないほど、小さな虫だ。俺は虫を手で払った。が、虫は俺の目の前を飛び続けた。そこで、俺はだいたいの見当を付け、目の前の虚空を掴んだ。
握った手を開くと、中指と薬指の間に、小さな虫が一匹、潰されていた。中指には少々黒っぽい筋がついていた。
俺は虫を捨てようと、手を振った。が、虫は落ちなかった。二度三度と振ったが、虫は俺の指に張り付き続けた。それが何とも虫の執念を見たような気がして、少しゾッとした。
俺はティッシュペーパーを取り出し、指を拭った。ティッシュペーパーは、近くの屑籠に放り込んだ。
虫が見えるようになった。
俺の目の前を、虫が飛ぶのだ。手を伸ばすが、触れない。羽音もしない。もちろん、幻覚だ。
このような幻覚を見るようになったのは、あの日から後のことだ。あの日とは、虫を握りつぶした日である。ただ、疑問に思うのは、俺はあのことを気に病んでいるわけではない。というか、まったく気にしていなかった。あんなことは、日常茶飯事である。虫を殺したのも、あれが初めてじゃない。それを気にかける要素はまったくなかった。
にも関わらず、虫が飛ぶ幻覚が、俺には見える。そのことが、自分自身驚きだったし、不思議でもあった。
幻覚は、いつでも見えるわけではない。ふと気の緩んだとき、それは襲ってくる。目の前がちらちらする、と思えば、どうやらそれが虫らしい。小さい虫なので、それこそ無視して気にしなければどうということもないのだが、こう入ったものは得てして気になるものだ。やはり虫の執念だろうか。俺にはそう考えざるを得ない。
虫に変化があった。
音が、聞こえるのだ。あの、ブウウウンという、我々人間にとっては奇妙な、そして大いなる嫌悪感を引き起こす、あの羽音である。俺も多分に漏れず、あの羽音が大嫌いだ。おかげで、ここ数日は半分ノイローゼ状態に陥っている。こうなると、本当に虫の呪いか何かのように思えてくる。悪い状況だ。
幻覚から音が聞こえるのは、きっとかなり症状が進んでいる証拠に違いない。明日にでも、医者に診て貰おうかと考えている。いや、それよりも、お祓いをして貰ったほうがいいのだろうか……。
また、虫に変化があった。
虫が、わかるのだ。どんないやらしい色をしているか、どんな醜い顔をしているか、どのようにおぞましく動いているか、が。
これはつまり、虫の幻覚が大きくなったことを意味する。今までの幻覚はとても小さく、かろうじてその幻覚が虫である、とわかる程度であったのだ。
ところが、今見ている眼前の映像は、どうだろう。俺の目玉ほどの大きさの奴が、俺の鼻先で八の字を描き、不気味な羽音を鳴らしながら悠々と飛び回っているのだ。
しかも、それは一匹じゃない。幻覚は、いつの間にか三匹に増えていた。これもまた、あの虫の執念に違いない。いや、それとも俺の頭が末期症状に入ったのか。
ああ、なぜ俺は、あの時あの小さな虫を放っておけなかったのか。俺は今、本当に後悔していた。小さい頃から、そうだった。ああいった小さい虫を見ると、どうも嫌悪感や気味悪さが先にたつ。あれはいったい、なぜなのだろうか。
これは、何なのだ? 俺は思った。なぜ俺は、虫を気味悪く思ったり、嫌悪感を抱いたりするのだろう。いや、これは俺だけではない。人間という種全体を通して言えることではないだろうか。現実問題として、虫をまったく触ることができない、という人はたくさんいる。我々の根底に流れる、この嫌悪感の正体。それはいったい、何なのか。
俺は一人、考え続けた。その目の前を、五、六匹の虫の群れが、ブンブンと飛び交っていた。奴等はまた一回り、大きく成長していた。
2005年08月03日
第八夜
確か夜八時頃だったと思います。
私は夜道を歩いていました。真夏といえどもこれくらいの時間になると、辺りはすっかり暗くなり、帳が降りたような状態です。
私は駅から自宅までの帰路に就いていました。私の住んでいる辺りはそれほど田舎というわけでもないのですが、それでも夕暮れ時から日没までにはコウモリの姿が見られます。ぼんやりとした視野の中をコウモリが二度三度と飛び過ぎるのには驚かされることもありますが、基本的に害はありませんし、これもまあ情緒の一つだと思えば怒りも湧きません。
その日も道々二羽ほどのコウモリに遭遇しました。その時点ではいつものことだと思い、さほど気に留めていなかったのですが。
そのときはやけに、コウモリたちが私のちょうど目の前辺りを忙しく飛び回っていました。あまりにも続くので、これは何かおかしいと思ったのです。
暗闇に目を凝らしてよく見てみますと。最初は二羽ほどに見えていたはずのコウモリが、いつの間にか十羽以上の群れを成していました。コウモリたちはグルグルと回転し、固まり合っていました。そしてそれらが一つにくっついたかと思うと、私の目の前で何と、人型の影になったのです。
人影はスカートを履いているようでした。体つきからも、どうやら女性の人影のようだと区別できました。人影はそのままふらふらと、揺れながら私と同じ方向へと歩き始めました。その揺れ方がまた、これは何と説明すればいいのかわからないのですが、人が酔っぱらったときの千鳥足といったものとは違う感じの。そう。まるで人の形をした人でないもののような、不気味な歩き方でした。
私は人影の後ろをついて歩きました。別に後を尾けたり追ったりするつもりはまったくなかったのですが、進行方向が一緒なのだから仕方がありません。背筋に冷たいものを感じながらも、私は歩みを止めずについて行きました。
一分ほど歩いたでしょうか。人影が歩みを止めました。私もつい一緒になって立ち止まります。いったいどうするのだろうと観察していると、人影は突然、すぐ側の住宅へと入っていきました。その足取りは、先ほどまでの不気味な揺れは見られない、まるで人間のような足取りでした。
そして私は聞いたのです。ドアの開くような音と。
ただいま。
という甲高い人の声を。機械で合成したような、そんなふうでもありましたが、それは確かに日本語で、ただいま、と聞こえました。
私は少し早足で住宅の前を通り過ぎました。それからは何事もなく、私は無事に自宅に帰り着きました。
あれ以来、同様の光景を目にしたことはありません。が、あの道を通るときには、つい何かが出るかと身構えてしまうようになりました。そしてあの住宅を目にするたびに、いったいどんな家族が住んでいるのか、この家に入っていったあの影はいったい何だったのかと想像を逞しくしてしまうのです。
あの家の住人は、はたして普通の人間なのでしょうか。それともひょっとして。
私は夜道を歩いていました。真夏といえどもこれくらいの時間になると、辺りはすっかり暗くなり、帳が降りたような状態です。
私は駅から自宅までの帰路に就いていました。私の住んでいる辺りはそれほど田舎というわけでもないのですが、それでも夕暮れ時から日没までにはコウモリの姿が見られます。ぼんやりとした視野の中をコウモリが二度三度と飛び過ぎるのには驚かされることもありますが、基本的に害はありませんし、これもまあ情緒の一つだと思えば怒りも湧きません。
その日も道々二羽ほどのコウモリに遭遇しました。その時点ではいつものことだと思い、さほど気に留めていなかったのですが。
そのときはやけに、コウモリたちが私のちょうど目の前辺りを忙しく飛び回っていました。あまりにも続くので、これは何かおかしいと思ったのです。
暗闇に目を凝らしてよく見てみますと。最初は二羽ほどに見えていたはずのコウモリが、いつの間にか十羽以上の群れを成していました。コウモリたちはグルグルと回転し、固まり合っていました。そしてそれらが一つにくっついたかと思うと、私の目の前で何と、人型の影になったのです。
人影はスカートを履いているようでした。体つきからも、どうやら女性の人影のようだと区別できました。人影はそのままふらふらと、揺れながら私と同じ方向へと歩き始めました。その揺れ方がまた、これは何と説明すればいいのかわからないのですが、人が酔っぱらったときの千鳥足といったものとは違う感じの。そう。まるで人の形をした人でないもののような、不気味な歩き方でした。
私は人影の後ろをついて歩きました。別に後を尾けたり追ったりするつもりはまったくなかったのですが、進行方向が一緒なのだから仕方がありません。背筋に冷たいものを感じながらも、私は歩みを止めずについて行きました。
一分ほど歩いたでしょうか。人影が歩みを止めました。私もつい一緒になって立ち止まります。いったいどうするのだろうと観察していると、人影は突然、すぐ側の住宅へと入っていきました。その足取りは、先ほどまでの不気味な揺れは見られない、まるで人間のような足取りでした。
そして私は聞いたのです。ドアの開くような音と。
ただいま。
という甲高い人の声を。機械で合成したような、そんなふうでもありましたが、それは確かに日本語で、ただいま、と聞こえました。
私は少し早足で住宅の前を通り過ぎました。それからは何事もなく、私は無事に自宅に帰り着きました。
あれ以来、同様の光景を目にしたことはありません。が、あの道を通るときには、つい何かが出るかと身構えてしまうようになりました。そしてあの住宅を目にするたびに、いったいどんな家族が住んでいるのか、この家に入っていったあの影はいったい何だったのかと想像を逞しくしてしまうのです。
あの家の住人は、はたして普通の人間なのでしょうか。それともひょっとして。
